2022年改正大気汚染防止法:テナント工事前の石綿調査が義務に
改正大気汚染防止法(以下「大防法」)により、建築物の解体・改修工事を行う前の石綿(アスベスト)含有建材調査が、2021年4月1日から工事規模を問わず法律上の義務となりました。さらに2022年4月1日からは、一定規模以上の工事について事前調査結果を行政へ報告することも義務化され、テナント物件の内装工事においても避けて通れない問題となっています。
調査者の資格要件
改正後は「建築物石綿含有建材調査者」の資格を持つ者、または同等以上の知識を有する者(建築士・石綿作業主任者等)が調査を実施し、調査結果を書面で記録・保存することが求められます。調査者には「一般」「特定」「一戸建て等」の種別があり、ビルのテナントフロアを調査する場合は一般建築物石綿含有建材調査者または特定建築物石綿含有建材調査者が担当するのが一般的です。
届出義務が生じる工事の目安
調査結果は工事発注者(元請業者)が書面で保存し、一定規模以上の解体・改修工事については都道府県等への事前届出が必要です。改修工事の場合、請負金額100万円以上(税込)が届出義務の目安とされています。テナントの内装改修工事では請負金額が100万円を超えるケースが大半であり、多くの出店工事で調査義務が発生すると考えておくべきでしょう。
B工事・C工事で石綿問題が顕在化するケース
テナント物件の工事は、貸主が実施する「A工事」、貸主指定業者が施工して費用を借主が負担する「B工事」、借主が自由に発注できる「C工事」の三区分で整理されるのが一般的です。石綿問題が特に複雑になるのはB工事とC工事です。
B工事での問題
空調ダクトや排気設備などはB工事区分になることが多く、貸主指定の設備業者が施工します。しかし費用は借主負担のため、工事着手前に「石綿含有の有無を誰が調査するのか」「調査費用は誰が負担するのか」を契約段階で明確にしておかないと、着工直前になってトラブルが発生するケースがあります。
C工事での問題
内装の間仕切り壁・天井材・床材などはC工事に分類されることが多いですが、これらの建材に石綿が含有している場合があります。特に1970〜1990年代に建築・大規模改修された建物では石綿含有建材が使用されている可能性が高く、C工事の発注者(テナント側)が調査費用を負担したうえで施工しなければなりません。
調査なしで工事を進めた場合のリスク
事前調査を行わずに工事を進めると、法令違反として行政指導や罰則の対象となるほか、石綿飛散による健康被害の責任を問われるリスクもあります。近年は調査書類の提出を工事着工条件とする施工業者が増えており、書類がなければ着工できないという実態上の制約も生じています。
調査費用の相場と費用負担の帰属
調査費用の目安
石綿含有建材調査の費用は、調査対象の面積・建材の種類・建物の複雑さによって大きく異なります。一般的な店舗1フロア(100〜300㎡程度)を対象とした場合、目安として30万〜100万円程度が相場とされています。天井裏や床下など試料採取が困難な部位がある場合や、飛散性の高いレベル1建材(吹付け石綿など)の確認が必要な場合は、さらに費用が増加することがあります。費用の内訳は、おおむね現地調査・試料採取費、分析費用(一検体あたり数千円〜1万円程度)、報告書作成費の合計となります。
費用負担の帰属:貸主・借主どちらが負担するか
法的には「工事発注者」が調査義務を負いますが、テナント契約においては契約書の内容によって貸主・借主の負担が分かれます。一般的な整理は以下の通りです。
| 工事区分 | 施工主体 | 費用負担 | 石綿調査費用の帰属 |
|---|---|---|---|
| A工事 | 貸主 | 貸主 | 貸主 |
| B工事 | 貸主指定業者 | 借主 | 契約で明記がない場合はトラブルに |
| C工事 | 借主指定業者 | 借主 | 借主 |
実務上は「既存建物の状況は貸主の責任範囲」として、石綿調査費用を貸主負担とする交渉が可能なケースもあります。出店交渉の際には、「既存の石綿調査報告書の提供」または「貸主負担での事前調査実施」を特約として盛り込むことを検討してください。
石綿含有が判明した場合の対処法とコスト
石綿含有建材が発見された場合、対処方法は大きく三つあります。
① 除去(最も確実な方法)
石綿含有建材を物理的に取り除く方法です。飛散リスクを根本的になくせる最も確実な対策ですが、費用も最も高くなります。レベル1(吹付け石綿など飛散性の高いもの)の除去は、専用の隔離養生・負圧除じん装置の設置が必要なため、施工規模によっては数百万〜数千万円規模になることもあります。
② 囲い込み
石綿含有建材を新たなボードや建材で覆い、外部への飛散を防ぐ方法です。除去よりもコストを抑えられるケースが多く、一般的に除去費用の5〜7割程度とされることがあります。ただし将来の解体・改修時には改めて石綿処理が必要になるため、長期的なコストも念頭に置く必要があります。
③ 封じ込め
石綿含有建材の表面に固化剤を塗布・噴霧し、石綿繊維の飛散を抑制する方法です。短期的なコストは三つの中で最も安価な傾向がありますが、経年劣化によって再処理が必要になる場合があります。対処方法の選択は建材のレベル・劣化状況・今後の工事計画によって異なるため、有資格の調査者や専門業者に相談のうえ決定することが重要です。
入居中に石綿含有建材が露出した場合の入居者の権利
入居後に、当初の説明になかった石綿含有建材が露出・飛散した場合、借主には以下の権利が生じる可能性があります。
契約不適合責任の追及
民法の規定に基づき、貸主が石綿含有の事実を知らせずに物件を賃貸していた場合、借主は修補請求・損害賠償請求などを行うことができます。ただし実際の請求には個別の事情に応じた立証が必要であり、専門家への相談が不可欠です。
賃料減額請求・解約権
石綿飛散により物件の使用・収益が著しく妨げられる状態であれば、賃料減額請求や、重大な場合には契約解除(解約)が認められる可能性があります。実際の解約や賃料減額については弁護士等の専門家に相談することを強く推奨します。また、石綿飛散が疑われる場合は都道府県・市区町村の建築担当窓口や、従業員への健康被害が疑われる場合は労働基準監督署への相談も選択肢の一つです。
テナント内見・物件調査時の確認チェックポイント
出店検討段階で以下のポイントを確認することで、石綿リスクを事前に把握できます。
① 建築年・改修履歴の確認
石綿の吹付け作業は1975年、製造・使用は2006年に全面禁止されています。1970〜2000年代初頭に建築または大規模改修された建物は特に注意が必要です。竣工年と主要な改修工事の年を貸主・仲介業者に確認してください。
② 既存の石綿調査報告書の有無
先進的な管理会社やオーナーはすでに石綿含有建材調査を実施し、報告書を保有しているケースがあります。「石綿調査報告書はありますか?」と直接確認し、提供を求めましょう。報告書があれば調査費用の節約と着工までのスケジュール短縮につながります。
③ 天井・壁・床材の目視確認
吹付けロックウール(吹付け石綿と見た目が類似)、ビニル床タイル(Pタイル)、スレート板などの建材が使われていないか内見時に目視で確認します。劣化・損傷が見られる場合は、石綿調査なしに工事着手しないよう注意が必要です。
④ 契約書・特約の確認
賃貸借契約書に「石綿調査費用の負担」「工事前の石綿調査に関する手続き」が明記されているか確認します。記載がない場合は、特約として追記するよう交渉することを検討してください。
⑤ 工事業者への事前確認
C工事を予定している場合、工事業者に「石綿事前調査への対応経験があるか」「調査書類の準備サポートが可能か」を確認することも重要です。対応経験が豊富な業者を選ぶことで、スムーズに着工準備を進めることができます。
テナント物件におけるアスベスト問題は、法令遵守・費用負担・健康リスクが複雑に絡み合う課題です。出店検討段階から石綿リスクを意識し、貸主・施工業者との間で費用負担と手続きを明確にしておくことが、スムーズな出店と安全な店舗運営への近道となります。不明点は有資格の調査者や不動産の専門家に早めに相談することをお勧めします。
