賃料供託とは——「払いたいのに払えない」を解決する制度
賃料供託とは、テナント(借主)が家賃を支払おうとしても家主(貸主)側の事情で受け取ってもらえないとき、賃料相当額を法務局(供託所)に預けることで、支払ったのと同じ法的効果を得る制度です。民法第494条以下に根拠があります。
供託をしておけば、後日「賃料を滞納した」と主張されても、供託の事実をもって弁済済みと反論でき、債務不履行を理由とする契約解除を防げます。テナントにとっては営業継続の生命線を守る重要な防御手段です。
どんなときに供託できるのか——3つの類型
供託が認められるのは、主に次の3つのケースです。いずれにも当てはまらないのに供託すると無効になるため、原因の見極めが重要です。
| 類型 | 根拠 | 典型例 |
|---|---|---|
| 受領拒否 | 民法494条1項1号 | 賃料増額を主張する家主が、従来額の受け取りを拒む |
| 受領不能 | 民法494条1項2号 | 家主の長期不在・入院などで受け取れない |
| 債権者不確知 | 民法494条2項 | 相続・物件売却でオーナーが代わり、正当な受領権者が誰か分からない |
実務で最も多いのは、賃料の増減額をめぐって対立し、家主が「増額後の金額でなければ受け取らない」として従来額の受領を拒むケースです。この場合、借主は相当と認める額(従来額など)を供託できます(借地借家法32条2項・3項とあわせて理解します)。
供託の前提——まず「弁済の提供」が必要
受領拒否を理由に供託する場合、いきなり供託はできません。先に弁済の提供、つまり「いつでも払える状態にして実際に持参・提示する」ことが原則必要です。
- 持参債務(家主の住所に持参して払う約束)なら、現実に持参して受け取りを求める
- 振込で支払ってきた実態があるなら、振込を試みて拒絶・口座閉鎖などを確認する
この提供をして初めて「受け取ってもらえなかった」という供託原因が成立します。提供の事実は内容証明郵便などで証拠化しておくと安全です。なお受領不能・債権者不確知のケースでは、提供なしに直ちに供託できる場合があります。
手続きの流れと必要書類
供託は、原則として家主の住所地を管轄する法務局(供託所)で行います。
- 管轄の供託所を確認する(法務局の供託係に事前相談が可能)
- 供託書(弁済供託用)を作成する。賃料額・供託原因・被供託者(家主)などを記載
- 賃貸借契約書の写しなど、供託原因を疎明する資料を準備する
- 窓口またはオンライン申請で供託し、供託金を納付する
- 供託書正本を受け取り、保管する
被供託者である家主には、供託所から供託の通知が送られます。賃料は毎月発生するため、対立が続く間は毎月継続して供託する必要があります。一度供託したから以後不要、ということにはなりません。
テナントが注意すべきポイント
- 金額: 受領拒否型では「相当と認める額」を供託します。少なすぎると一部供託として無効になるおそれがあるため、原則として従前賃料の全額を供託するのが安全です。
- 継続性: 毎月の供託を怠ると、その月分は滞納扱いとなり解除リスクが生じます。
- 取戻し・還付: 後に和解すれば、家主が供託金を受け取る(還付)か、合意により借主が取り戻すことになります。一度家主が増額を承諾するなど一定の事情があると取戻しができなくなる点に留意します。
- 専門家への相談: 供託原因の判断や金額設定は法的評価を伴います。判断に迷う場合は弁護士・司法書士など専門家に相談してください。
供託にかかる費用と手間
供託金そのものは賃料相当額であり、最終的には家主が還付を受けるか、和解の内容によって借主が取り戻すため、費用として消えるわけではありません。供託自体に手数料も原則かかりません。一方で、毎月の供託書の作成と法務局への申請(窓口またはオンライン)の手間は、対立が解消するまで継続的に発生します。弁済の提供を証拠化するための内容証明郵便の費用や、弁護士・司法書士に依頼する場合の報酬は、別途見込んでおきましょう。
よくある誤解と失敗例
- 「振込先が分からないから払わなくてよい」は誤りです。物件の売却や相続でオーナーが交代し、新しい振込先の通知が来ない場合でも、賃料債務そのものは消えません。放置すれば滞納が積み上がるため、債権者不確知を理由に供託するのが正しい対応です。
- 供託原因が消滅した後も漫然と供託を続けるのは危険です。家主が受領拒否の姿勢を撤回して受け取る意思を明確に示したら、原則どおり直接の支払いに戻します。
- 供託で安心して増減額の争い自体を放置しないことも重要です。賃料増減額の対立は、最終的には調停・訴訟で決着します。裁判で増額が正当と認められた場合、借主は不足額に年1割の利息を付して精算する必要があるため(借地借家法32条2項)、供託はあくまで当面の防御策と位置づけ、並行して協議や調停を進めるのが得策です。
供託は、賃料トラブルでテナントの立場を守る強力な制度ですが、原因の見極めと継続的な手続きが欠かせません。出店前から賃貸借契約の条件を丁寧に確認しておくことが、こうしたトラブルの予防につながります。senkyaku(千客テナント)では、全国のテナント・店舗物件の検索と、掲載する不動産会社へのお問い合わせができます。物件選びの段階から契約条件を見比べたい方は、掲載中の物件情報をご活用ください。
